「何で?何であたしは駄目なの?」

彼女の身体が空気に溶け込んでいく。

「何で・・・?」

殆ど無くなっている、彼女の身体。

「どうして?どうして?教えてよ・・・」

返事は無い。

「助けて・・・怖いよ・・・ユナ・・・」



彼女は消えた。

空気の中に。


イジメと魂と



1 虐め

教室のドアが、ガラガラ、と音をたて開く。

明るく賑やかだった教室は、別のざわめきに包まれた。

「キモッ。キモいのが来た〜」

「やだぁー、あたし席隣なの〜!菌が移る〜」

「帰れよー」

顔を大袈裟にしかめる者。暴言を吐く者。ひそひそと話しながら、教室から出て行く者もいた。

そんな中、三人の女子が彼女へ近づいて行った。ニヤニヤと笑っている。

「おはよー、ユナちゃん。」

「コイツに『おはよう』なんてわかんの?」

「っはー、言えてる!」

ユナという名の彼女は、笑顔で三人を見る。

「うわっ、キモッ!」

「笑ってるよ〜」

「最悪〜。死んじゃっていいよ!」

ユナは、ただそれを黙って聞いていた。

近くで女群がひそひそと話す。

「ユナってさぁー、ミキの事虐めたんでしょ?」

「うっわ、かわいそー。」

「それにさぁ、ユナって言葉わかってんの? いつも笑ってて、キモい。」

「返事もしないしね・・・何考えてんのか、謎じゃん。」

「だよねー!同感。」

授業開始のチャイムが鳴るまで、それは続いた。


2 開始の時

女子ばかりの学校。

ユナは、今年度の初め、転校して来た。

その可愛い容姿に興味を持ち、生徒達は積極的にユナに話し掛けた。しかし、ユナはニコニコ笑うばかり。

段々気持ち悪いと感じる者が多くなり、やがてユナはひとりになった。

それまでは、それでもまだ良かった。

ある日の休憩時間、ミキとその仲間のミサトとチカが、クラス全員に言ったのだ。

「あたし、ユナに虐められてる――!」

わぁっとどよめきが起こった。「まさか」「ユナちゃんそんなことまでするの・・・?」という戸惑いの声も聞こえた。

しかし、ユナの事を嫌いだと思っている者も少なくはなかった。そうでなくても、周りの雰囲気に飲み込まれてしまう者も。

「ミキちゃんが虐められる訳無いよね。あの強気なのに」

「だよねー。でもいいんじゃない。この際そういう事にして、ユナのこと虐めようよ」

こんな会話も見受けられた。

そして虐めは始まった。

主にミキと、その仲間がユナを虐めた。

ユナは何にも言わなかった。ただ、今まで通り笑っていた。

時が経つにつれ、虐めの形は段々と定まって行った。

休み時間が始まると、クラス全員がユナの悪口を言い始める。ミキ達が、面と向かって暴言を吐く。

毎日、この繰り返しだった。クラスの殆どは、面白半分でやっていた。

何日間やっただろうか――やり始めて随分と経ち過ぎて、誰も覚えてはいなかった。


3 不思議なユナ

「・・・であって、その結果ここは・・・」

先生の授業は始まったばかり。

殆どの者が、手紙を回したり喋っている中、ユナだけは真面目に授業を受けていた。

いつもは。

今日のユナは、どこか変だった。首をかしげてみたり、手を広げてみたり、時にはくすくす笑ったり。

普段には無い表情、仕草、口まで喋っている様に動いている。

「やだ・・・何してんの」

ユナの隣の女子は、小声で呟いた。

しかし授業が進むにつれユナは笑わなくなり、代わりに口だけよく動く様になった。


そして最後には、切ない顔で笑い、自嘲するように手を振った。

その時、チャイムが鳴った。


「ユーナちゃん!」

ミキがユナに近づく。しかし、珍しくユナは席を立った。

「ユナちゃん!行くとこなんて無いでしょ?」

ミキはユナに叫んだ。ユナは歩きつづける。

「ユナッ!」

強く叫び、ユナを揺さぶる。それでもユナは、止まらない。

「あんたっ・・・」

ミキが何かを言いかけた時、ユナはそれを手で制した。瞳は、いつもは無い強気の光が浮かんでいた。

ミキの表情は、たちまち変わった。

「何よ、ユナ・・・反抗する気?」

ユナはミキを放り、さっさと教室を出た。

「・・・ムカつく」

ミキは呟いた。

「ミサト、チカ。ゴメン、私ちょっとユナ追っかける」

「一人でぇ?平気ぃ?」

「あんな奴平気に決まってんじゃん」

そう言い残すと、ミキはダッと走り、ユナを追い始めた。


4 白い世界


ミキはユナの名を呼びつづけ、同時に暴言を吐く。しかしユナは、動じなかった。

それを繰り返し、辿りついた場所は、ひっそりとしている裏庭だった。

ユナは、深く溜息をつき、コンクリートの段差に座った。

「ユナッ!いい加減、何か言えよ!」

荒い息で、ミキが言った。

ユナはそこで初めてミキの存在に気が付いたらしく、吃驚した表情を見せる。

ふいに、辺りが白く輝いた。

聞いたことの無い、ユナの声が聞こえた気がした。


「・・・ミキちゃん。」

ころころとした可愛い声に、ミキは目を覚ました。

気を失っていたのだろうか。記憶がはっきりとしない。

「あ・・・気が付いた?」

ミキはその声の主を見て、目を見開いた。――ユナだ。

「ユナッ・・・さっき、何したんだよ!」

「そんな事言われても・・・」

ユナは困った表情を作る。

「私がやったんじゃなくって、ジェルさんがやったんだよ。」

「ジェルさん?」

ミキは、気が付いた。真っ白なこの世界に、自分とユナ以外にも変な人物がいる、と――

「あんたが、ミキ?」

その変な人物は言った。とても美しい顔立ちをしている。背中には大きな羽。年頃は、ユナ達よりもわずかに上だろうか。

「何で、そんな事言わなくちゃいけないの。大体あんた誰?」

ぶっきらぼうに、ミキは言った。

「あの、ジェルさん。」

「何?」

「このひと、ミキちゃんだよ。」

「そう。」

ジェルは、短く返事をしただけだった。

そしてしみじみと、ミキの顔を見始めた。

「う〜ん・・・ユナの話聞くと、もっとブスかと思ったんだけどな。魂の割には、人間っていう顔してる。」

ミキの顔は、カッと赤くなった。

「ユナ、あんたチクったね!」

「そういう顔は、やっぱりブス。ユナには、叶わないね。」

「あたしがユナよりブス?んな訳無いじゃん。」

そう言いながらも、ミキは少し焦っていた。――あたし、ブス?

「ほら、そうやって自分に自信が無いから、けなされた時焦る。」

うたうように、ジェルは言った。

ユナはじっとそのやり取りを見ていた。顔には、何も浮かんでいない。

「――さて。」

ジェルは、今度はゆっくりと、静かに言った。

「心の準備は出来たか?ミキ。」

5 ミキ

「は?」

ミキはきょとんとした。

「心の準備って、何の。」

ジェルは、ほんの少し顔色を変えた。

「あれ、聞いてなかったか。ユナ、言ってなかったの?」

「あの・・・」

ユナは恥ずかしそうに、辛そうに下を向いた。

「あの、私、その・・・」

その瞬間、ジェルはハッとした表情をした。しかしすぐに無表情になり、

「――そう。じゃあ、説明な。」

ジェルは、淡々と語り始めた。

近年増え続ける犯罪。しかし――これでも絶対神は対策を行っている。

その対策とは、"穢れた魂"を改心させること。

年に何回か、数十人ずつに分けて、神は穢れた魂を探す者を地上に送る。そして、何人かの魂を"改心所"へ送るのだ。

「・・・ミキ。あんたの魂・・・」

ジェルは悲しそうに呟いた。ミキの目を真っ直ぐと見つめ。

「子供にしては、穢れている・・・生まれつきとは思えない。何があったんだ。」

何故かミキは、ジェルの目を真っ直ぐと見られなかった。たまらなく、居心地が悪くなる。


ミキの家は、父子家庭だ。最も、父親が家に居る事なんて滅多に無いが。

父は、ただミキに金を与え、世話係を与え、他は何も与えない。ミキが小さい頃から、そうだった。


幼稚園の年長の時。

『お父さんとお母さんに遊園地につれてってもらうの!』

同級生のその言葉で、何故か身体がカッと熱くなった。そして気が付いたら、その子を殴っていた。

やり始めたら、止まらなくなった。ブロックの玩具を投げつけてみたり、足蹴にしてみたり。たまらなく、快感だった。

その後どうなったかは、覚えていない。

そしてミキは「虐め」に病みつきになった――


「・・・ミキちゃん?」

又してもユナの声で、現実に戻された。

ミキはユナの瞳を探るかのように見る。

あれだけ虐めても、虐めても、虐めても、屈しないユナ。

「何でっ・・・」

幼い記憶と結びつき、ミキは意味も無く怒っていた。

「何であんたは、苦しまないの? 泣かないの? 他の奴は皆苦しんだのに! 泣いたのに!」

ミキは、ユナを思いっきり殴った。――つもりだった。

「ミキ・・・ここは魂だけの世界。いくら殴ったって、無駄だ。」

ジェルは悲しそうに首を振った。

それきり、誰も、何も言わなかった。

6 魂

ふいに、ジェルが口を開いた。

「ミキ。この世から消えることを望むか?」

ミキは勢い良く首を横に振った。

「でも、あんたはこの世から消える。そういう運命なんだ。」

「運命? バカらしい。御伽噺でもあるまいし。」

「真面目に聞け!」

鋭い叱咤。説教には慣れていたはずなのに、ミキはびくっと震えた。

「あの・・・」

今までずっと黙っていたユナが口を開いた。

「だから、私が、ミキちゃんの代わりに消える。私、別に、いいよ。」

弱弱しい言い方だったが、裏にはしっかりとした意思があった。

「あんたもわかんない子だ・・・」

ジェルは溜息をついた。

「あんたが消えても、意味が無いんだって。あんたの魂は、一点の穢れも無い。ミキの魂をとるからこそ、意味があるの。」

「ねぇ、」

ミキが口を挟む。

「さっきから他人の事、魂が穢れてる穢れてるって・・・そんなの何でわかるの。

 そうだよ・・・ユナが消えてくれるって言ってるんだから、それでいいじゃん。

 ユナは、誰にも必要とされてないけど・・・あたしは・・・」

そこで言葉が途切れた。あたしは、誰かに必要とされているのだろうか?

気が付くと、ジェルの顔は憤慨で真っ赤だった。

「よく・・・よく、そんな事が平気で言えるね。

 必要にされているかないかは関係無い。その本人の問題だ。

 あんたの下らない定義で人の価値を決めるとしても、ユナの方が百倍価値があるよ。」

「ユナは・・・」

ミキさえも、顔を真っ赤にしていた。

「どうせ、家族に大切にされてるんでしょ!?

 あーそうですね、それならユナの方が必要とされてますよねっ!すみませんでしたねっ!」

「だからなぁっ・・・」

何かを言いかけたジェルを、ユナがやんわりと制し、笑顔で言った。

「・・・私も、あんまり必要じゃないかもしれない。お父さん、居ないし、お母さん、いつも家に居ないし。

 お姉ちゃんも、私のこと、嫌いなんだ・・・『ノロマ!邪魔!』って、言うの。」

ユナは、少し切ない笑顔で、話しつづけた。

「多分、私、ミキちゃんにも嫌なことしちゃったんだよね。だから、嫌いになったんだよね。

 でも、私がいけないんだよ。ごめんね、ミキちゃん。」

ミキはそれを聞いて、又意味も無くムカムカして来た。

そして、声を荒げようとした瞬間、ミキはあるものを見た。

「・・・ユナ?あんた、それ・・・」

"それ"は、ユナの胸のあたりでぼぅっと白く光っていた。

「ミキちゃんも・・・」

ミキは自分の胸を見た。確かに、"それ"が光っている。

――しかし、ミキの"それ"は、黒かった。

「・・・見えるの?」

ジェルは息をのんだ。

「それが・・・」

「それが、魂。」

7 一つの問い

「・・・魂?この光が?」

その言葉は、どこかへ木霊して、どこかへ消えていった。

「・・・・・・そう。ミキ、あんたのは、穢れてるでしょ?」

認めたくない――その思いが、ミキの中に渦巻いていた。しかし同時に、当たり前だと言う自分もいた。

「一つだけ、この世から消えなくていい方法がある。」

「えっ・・・」

ミキは瞬時に反応した。

「・・・これから永遠に、嘘をつかないと誓う?」

「うんっ。」

ミキは即答した。

「・・・よし。それを誓うんなら、あんたの魂を、浄化する。」

漫画の様に大袈裟な光がパッと――では無く、ミキの魂は、静かにしゅっと白くなった。ユナの魂のように。

「わぁ・・・」

ミキは、喜んだ。ユナも、純粋に喜んでいる。

「さて・・・」

ジェルは笑顔で言った。

「ミキ、良かったね。あと一問、質問に答えれば、学校へ帰してやる。」

「本当!」

喜びに、ミキの顔は光り輝いた。

「汝に問う。」

ジェルの口調は、急に変わった。

「今この瞬間までに 幾つの生命を傷つけた?」

ん――・・・ミキは考えた。

これは、何人虐めたかとか、そんな感じの質問だろう。

ここで「沢山」なんて答えて、魂が黒くなって、この世から消えちゃったら嫌だから・・・

「虐めたのは、ユナだけだよ。それに、ユナがあたしのこと虐めるから」


ミキの魂は、その瞬間再び黒くなった。


「・・・やっぱり、ミキは改心所へ連れていかなきゃ、か・・・」

ジェルは、何故か悲しそうな顔をした。

8 そして・・・

「・・・許してね、ミキ。

 次は、心の綺麗な、ユナのような人になって、生まれて来ますように・・・」

「え・・・?」

信じられない事だが、ミキの体はどんどん透き通っていく。

「ミキちゃん!」

ユナが駆け寄って、ミキの手を掴んだ。目には涙が、うっすらと浮かんでいる。

「消えないでよ・・・ミキちゃん・・・」

「・・・いいじゃないの。」

ミキは、ユナの手を乱暴に振り払った。

「ユナは、あたしが消えて嬉しいでしょ?」

「そんな・・・」

しかし、ミキの体が殆ど見えなくなって来た時、ミキはハッと息をのんだ。何かを見ている。

「・・・何あれ・・・」

ミキは驚愕の表情を作った。

「やだ・・・行きたくない・・・ジェル、さん・・・あたし、何で行かなきゃいけないの・・・?」

ジェルは、何も言わない。無表情にミキを見ている。

「何で?あたし、何か悪いことした・・・?」

と、言った瞬間、ミキの頭にパッと今までの虐めの記憶が蘇った。

ああ・・・あの子は初めて虐めた幼稚園の健ちゃんだ。確か、あたしのせいで今も凄いトラウマがあるんだっけ。

小学三年生の時虐めた、葉月。あたしのせいで、骨を折って、軽い精神病になったんだって。

あれは、小学五年生の時虐めた、優花。片目、失明させちゃったんだよね。

他にも色々な記憶が蘇ってくる・・・

その記憶を振り払って、尚もミキはジェルにすがる。

「ねぇ・・・残っちゃ、駄目?」

「・・・駄目。」

ジェルは、少し苦しそうに言った。

「駄目なんだ・・・駄目。」

それは、ジェルが自身に言い聞かせているようにも取れた。

「・・・ミキちゃん!」

ユナは再び、ミキの手を掴んだ。

「・・・・・・何で、あたしにそんなに構うの。」

「・・・だって、ミキちゃんが消えると、嫌な人沢山居るでしょ。

 私も、寂しいよ。知ってる人を、見捨てるなんて、出来ない。」

今初めて、ミキは虐めをしたことを後悔した。

ユナが言ってることは、綺麗事なんかじゃなくて、本当なのだ――

しかし――ミキはどんどん透き通っていく。

「ジェルさん。」

ユナが言った。

「どうしても・・・駄目なの?」

ジェルはもう、首を振るだけで何も言わなかった。

「何で?何であたしは駄目なの?」

ミキの身体が空気に溶け込んでいく。

「何で・・・?」

殆ど無くなっている、ミキの身体。

「どうして?どうして?教えてよ・・・」

返事は無い。

「助けて・・・怖いよ・・・ユナ・・・」



ミキは消えた。

空気の中に。


*あとがき*

初めてネット上に投稿した作品です。
何だか穴だらけの作品ですが、許して下さい。

このジェルというのは、私自身初めて書くキャラです。
これからも登場させたいなーと密かに思っている今日この頃。

ミキがどうなったかは、実は続きがあります。
いつかアップしたいなーとは思いつつ。

では。読んでくださって有難う御座いました。




 
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