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相手の名前を言って、その後「kill」といいながら相手が死ぬことを願えばいい、とルジェは説明した。
「簡単でしょぉ」
「うん」
裕香は今や、何の迷いも無い微笑みで頷いた。
「でしょ!」
ルジェは嬉しげに首を傾げた。
風が吹いて、雨が横に流れる。
同時に、しばらくの心地よい沈黙。
「あのねぇ、裕香さん」
更に風は吹いて、ルジェはふいに口を開いた。
「藤沢、香奈――あたしが、殺した藤沢香奈」
裕香は、香奈がどうしたの?と、問い返す。
「どうやって死んだか、――知りたい?」
「うん」
「あのねぇ―― すんごく苦しんで、死んだんだよぉ」
裕香の口に笑みが零れる。
その反応を確認して、ルジェは尚も話し始めた。
「交通事故で死なせたんだぁ。きっと相当苦しかったと思うよ、」
そこで一旦間を置いて、
「だって、首だけの状態で一分十秒も生きたんだもん!」
「え? どういうこと?」
訊く裕香に、
「あのねぇ、人間って、首から下がとれてもしばらくは生きられるんだってぇ」
と、説明するルジェ。
「でも、苦しそうだよねっ」
「うん・・・・・・まぁ、香奈にはお似合いなんじゃない?」
あははは、と、声を立てて笑う裕香。
それと一緒に、ルジェも笑い出した。
雨の中に、笑い声、ふたつ。
それは綺麗に木霊した。
「おい、遠藤」
小雨の降りつづける、放課後。
校舎内でも尚駆け回る運動部の声や、吹奏楽部の音がよく聞こえる、裏庭。
その部活の音らを聞きながら、裕香は数名の女子に囲まれていた。
「おめぇ、香奈が・・・・・・香奈が死んだこと、何も思わねぇのかよ」
短くショートに刈り上げた体育着の女子が、腰に手を当てて裕香を睨む。
「大体、あんたなんかがいるから、クラスが変になっちゃうんじゃん」
と、後ろにいる女子から声が飛んだ。
「そうだよ。香奈に、みんなに、謝ってよっ」
同意の声がちらほらと上がり、理不尽なことを言う面々。
「何とか言えよ!」
体育着の女子が、裕香を勢い良く平手打ちで打った。
裕香は衝撃に耐えられず、その場に崩れる。
「香奈に謝れ!」
そして裕香を思い切り足で蹴る。
「恵美利(えみり)、やっちゃえー!」
後ろから、女子のひとりが叫んだ。応援の声が次々と上がる。
「何とか言えよって言ってんだよ、このゴミ!」
恵美利と呼ばれた女子は更に裕香を蹴り、ゴムを乱暴に掴み、外した。二つ縛りがほどけ、ぱさりと肩の上に落ちる。
「ああ? おまえ日本語もわかんねぇのか?」
そう言って、恵美利は裕香の髪の毛を思い切り引っ張る。くしゃくしゃにからまる髪。
「・・・・・・吉田恵美利」
ふいに、低い声が通った。
「離せ」
その声と同時に、裕香は顔を上げた。
その目は、ぎらぎらと、強く、危なく輝き――飢えていた。
「・・・・・・あ?」
恵美利は髪を掴んだまま強く言うが、その声は若干震えていた。
「・・・・・・聞こえなかった?」
そして少しの沈黙があって、
「離せって言ったんだけど!」
叫ぶかのように、裕香は言った。そしてほぼ同時に立ち上がり、拳で恵美利を殴る。
それはあまりにも強いもので、恵美利の頬からは血が出ていた。
そして同時に、ショックだったのか痛いのかそれとも両方なのか、とにかく嗚咽を漏らしている。
「恵美利っ、大丈夫?」
即座に声をかけ、恵美利を気遣う女子達。
――どうせ、表面上の付き合いのくせに。
そう思うと、おかしくて。
裕香は思わず、口の端をつりあげ、かすかな微笑を浮かべた。
「遠藤っ、あんたどうなるかわかってんの?」
おののきながらも、裕香を睨みつける女子。
しかしそれには答えず、裕香は恵美利に言った。
笑いながら、本当に、楽しそうに笑いながら。
「吉田恵美利――これから、滅茶苦茶にしてあげる」
くすくす、と裕香の笑う声が、やけによく響いた。
吉田恵美利。南中学校一年四組。
イジメの『主格』と幼馴染で、唯一対等に話している、いわば『上』の者だ。
裕香がイジメられている時には、必ずといっていいほど彼女も混ざっていた。
バスケ部に所属し、力がめっぽう強い彼女は、いつも裕香に暴力をふるっている。
――ねぇ、吉田恵美利――・・・・・・
ここのキズも、このアザも、
確か、みんなあんたにつけられたんだよね?
ううん、別にいいの。
私、そんな細かいこと気にしないから。
ただ――
壊 し て あ げ る 。
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