three.Collapse..


相手の名前を言って、その後「kill」といいながら相手が死ぬことを願えばいい、とルジェは説明した。

「簡単でしょぉ」

「うん」

裕香は今や、何の迷いも無い微笑みで頷いた。

「でしょ!」

ルジェは嬉しげに首を傾げた。

風が吹いて、雨が横に流れる。

同時に、しばらくの心地よい沈黙。

「あのねぇ、裕香さん」

更に風は吹いて、ルジェはふいに口を開いた。

「藤沢、香奈――あたしが、殺した藤沢香奈」

裕香は、香奈がどうしたの?と、問い返す。

「どうやって死んだか、――知りたい?」

「うん」

「あのねぇ―― すんごく苦しんで、死んだんだよぉ」

裕香の口に笑みが零れる。

その反応を確認して、ルジェは尚も話し始めた。

「交通事故で死なせたんだぁ。きっと相当苦しかったと思うよ、」

そこで一旦間を置いて、

「だって、首だけの状態で一分十秒も生きたんだもん!」

「え? どういうこと?」

訊く裕香に、

「あのねぇ、人間って、首から下がとれてもしばらくは生きられるんだってぇ」

と、説明するルジェ。

「でも、苦しそうだよねっ」

「うん・・・・・・まぁ、香奈にはお似合いなんじゃない?」

あははは、と、声を立てて笑う裕香。

それと一緒に、ルジェも笑い出した。


雨の中に、笑い声、ふたつ。

それは綺麗に木霊した。


「おい、遠藤」

小雨の降りつづける、放課後。

校舎内でも尚駆け回る運動部の声や、吹奏楽部の音がよく聞こえる、裏庭。

その部活の音らを聞きながら、裕香は数名の女子に囲まれていた。

「おめぇ、香奈が・・・・・・香奈が死んだこと、何も思わねぇのかよ」

短くショートに刈り上げた体育着の女子が、腰に手を当てて裕香を睨む。

「大体、あんたなんかがいるから、クラスが変になっちゃうんじゃん」

と、後ろにいる女子から声が飛んだ。

「そうだよ。香奈に、みんなに、謝ってよっ」

同意の声がちらほらと上がり、理不尽なことを言う面々。

「何とか言えよ!」

体育着の女子が、裕香を勢い良く平手打ちで打った。

裕香は衝撃に耐えられず、その場に崩れる。

「香奈に謝れ!」

そして裕香を思い切り足で蹴る。

「恵美利(えみり)、やっちゃえー!」

後ろから、女子のひとりが叫んだ。応援の声が次々と上がる。

「何とか言えよって言ってんだよ、このゴミ!」

恵美利と呼ばれた女子は更に裕香を蹴り、ゴムを乱暴に掴み、外した。二つ縛りがほどけ、ぱさりと肩の上に落ちる。

「ああ? おまえ日本語もわかんねぇのか?」

そう言って、恵美利は裕香の髪の毛を思い切り引っ張る。くしゃくしゃにからまる髪。

「・・・・・・吉田恵美利」

ふいに、低い声が通った。

「離せ」

その声と同時に、裕香は顔を上げた。

その目は、ぎらぎらと、強く、危なく輝き――飢えていた。

「・・・・・・あ?」

恵美利は髪を掴んだまま強く言うが、その声は若干震えていた。

「・・・・・・聞こえなかった?」

そして少しの沈黙があって、

「離せって言ったんだけど!」

叫ぶかのように、裕香は言った。そしてほぼ同時に立ち上がり、拳で恵美利を殴る。

それはあまりにも強いもので、恵美利の頬からは血が出ていた。

そして同時に、ショックだったのか痛いのかそれとも両方なのか、とにかく嗚咽を漏らしている。

「恵美利っ、大丈夫?」

即座に声をかけ、恵美利を気遣う女子達。

――どうせ、表面上の付き合いのくせに。

そう思うと、おかしくて。

裕香は思わず、口の端をつりあげ、かすかな微笑を浮かべた。

「遠藤っ、あんたどうなるかわかってんの?」

おののきながらも、裕香を睨みつける女子。

しかしそれには答えず、裕香は恵美利に言った。

笑いながら、本当に、楽しそうに笑いながら。

「吉田恵美利――これから、滅茶苦茶にしてあげる」

くすくす、と裕香の笑う声が、やけによく響いた。


吉田恵美利。南中学校一年四組。

イジメの『主格』と幼馴染で、唯一対等に話している、いわば『上』の者だ。

裕香がイジメられている時には、必ずといっていいほど彼女も混ざっていた。

バスケ部に所属し、力がめっぽう強い彼女は、いつも裕香に暴力をふるっている。


――ねぇ、吉田恵美利――・・・・・・

ここのキズも、このアザも、

確か、みんなあんたにつけられたんだよね?

ううん、別にいいの。

私、そんな細かいこと気にしないから。

ただ――


壊 し て あ げ る 。


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