Where is it? -どこですか?-
今は昔――
「ちょっとそこの人」
「・・・・・・私ですか?」
「ああそうだ。ちょっと聞きたいことが」
「なんですか」
「ノディア王国は何処か、わかるか?」
「・・・・・・ノディア王国、ですか?」
「ああ」
「・・・ノディア王国、・・・で間違いありませんよね?」
「ああ、そうだ。知ってるのか、知らないのか?」
「ええ、知ってますけど・・・この山脈にそってずっと歩くと、そこに大きな塔がありますからそこを」
「ああ・・・わかった」
「あ、でも・・・・・・」
「ありがとな」
「あ、ちょ、ちょっと・・・・・・」
右手には、青々と山脈。
左手には、青々と森。
そして真中、今ユナとフォルツが立っている場所は、更に青々と草が生える。
長い茶毛で、すっきりと整った顔立ちのユナ。年のころは十代前半か、半ばあたりだろうか。
一方で短く刈った黒髪に、大きくくりくりとした瞳を持つフォルツ。おそらく十歳に満たないくらいだろう。
どこまでもそんな景色が続き、はるか前方には、うっすらと人の影。
北風の中にかすかな春の陽気を感じつつも、しっかりとマフラーをしめて、ユナは言った。
「・・・・・・いいのかなぁ、あの人」
「いいんじゃない? 別に。僕達に何も関係無いじゃん」
黒い瞳でユナを見上げて、あどけなく言うフォルツ。
「まぁ・・・そりゃそうだけど」
と、ユナは肩をすくめる。マフラーがふわりと揺れた。
「そうだよ。別にどーでもいいじゃん」
フォルツがいかにも面倒くさそうに言う。
「んー・・・・・・」
どっちつかずの返事を返し、眩しい太陽に目を細め、ユナはぽつりと、
「・・・・・・でも、自分が目指してる国がもう無いって知ったら、どういう反応するのかな?」
ノディア王国。
豊かな山脈に囲まれ、他国に比べたら、つぶのように小さな国だ。
否、「だった」というべきだろうか。
ノディア王国は――滅びた。
十年前の大戦争により、強国を激怒させ、爆弾を落とされ――
その時王国の半分が死に、残りの半分は後遺症にさんざん苦しめられた後、のた打ち回って死んだ。
最後に生き残った男女八人は、苦しさのあまり自害したと噂は言う。
ノディア王国は、今でも「戦争の行き着く姿」を訴える国だと人々は囁く――
「旅人さぁん」
「・・・・・・どうしたの? こんなトコで」
「あたしねぇ、今ひとりで旅してるんだ! ノディア王国ってとこ目指してるの」
「・・・・・・・・・お父さんや、お母さんは?」
「わかんない! でもね、お兄ちゃんが、お父さんはノディア王国の兵隊さんだったんだよって言うから来てみたんだ!」
「・・・・・・・・・お兄さんは?」
「・・・・・・あのね、驚かないでね・・・・・・銃で・・・ぱーん、ってうたれちゃったんだぁ・・・」
「・・・・・・・・・・ノディア王国なら、この道をずっと進んで、大きな塔が見えたところだよ」
「うんっ、わかった! ありがとう!」
幼く、危なげにバイクに乗る少女を見送りながら、フォルツが無表情に言う。
「今日は、やけにノディア王国と縁があるね」
「うん・・・・・・何でだろ?」
と、特に疑問には感じていないように、ユナが言う。
「・・・・・・さて。そろそろ私達も行こう」
「うん」
ふたりは足を進めた。
大きな塔。
かつてのノディア王国の、シンボル。
その塔の前で、彼は立ち尽くしていた。
呆然と、ただ、塔を見つめて。
祖国は――無かった。
ただ、ひたすらに。
ただ、がむしゃらに。
お国のため、家族のもとに帰るために。
――この十年間、俺がして来たことは・・・
強く風が吹き抜ける。
ずっと思い描いてきた、家族の顔が思い浮かぶ。
自然と涙があふれた。
とめどなく、とめどなく。
もう死のうかと彼は考えた。
生きている意味がないと。
そして、ゆっくりとナイフを取り出した、その瞬間――
「・・・・・・だぁれ?」
鈴を鳴らしたような、あどけなく幼い声。
彼は背後を振り向く。
そこにはバイクに乗った幼い少女がいた。
さらさらと長い金髪で、青い瞳の少女。
振り向いた彼の顔を見て、少女はハッと口に手を当てる。
そして荷物を探り出す。
「・・・・・・・・・金髪、青目はノディアの敵だ」
ふいに彼が、うつろに空を見て呟いた。
「・・・・・・・・・金髪、青目はノディアの敵だ」
不気味なフレーズで、それはぼんやりと。
「・・・・・・・・・金髪、青目はノディアの敵だ」
それは、かつてのノディア王国の歌い文句だった。
「・・・・・・やっつけろ・・・ぶっ殺せ」
尚も慌てて荷物を探る少女を、殺気走った目で睨み、
「・・・・・・・・・金髪、青目はノディアの敵だ・・・・・・女子供も容赦無く」
そして手に握ったナイフを振りかざした。
それと、少女が最後に叫ぶのは同時だった。
嬉しそうに、さも、嬉しそうに。
「お父さんっ・・・・・・!」と。
彼はその場にへたりこんだ。
かつて少女だったそれは、どんどん紅くなっていく。
ゆえ、ユナが来て、少女だったそれの荷物を探り始めても、彼は気がつかなかった。
うつろに、空を見つめるだけだった。
「・・・・・・ああ、さっきの人じゃないか」
「・・・・・・・・・どうしましたか、これは?」
「金髪と青目は我が国の敵でな。だから殺したんだ」
「・・・・・・・・知りませんか?」
「何をだ?」
「ノディアは――ノディア王国は、滅んでいません」
「・・・・・・」
「確かに国家は滅びました。しかし、それはそれだけのこと――今も、ノディアの生き残りは各地に点々としていますよ」
「・・・・・・・・・」
「滅んだの何だのという噂は、デマです。いえ・・・どうせ敵国が必死にそれを隠したんでしょうがね」
「・・・それが何だ。俺の・・・・・・家族は、家族は・・・・・・」
「そこにいるんじゃないですか?」
「・・・は?」
「娘さん・・・じゃないんですか?」
「・・・・・・何を・・・馬鹿なことを・・・・・・この娘は、金髪で・・・その上目が青いじゃないか・・・」
「・・・・・・ノディアの方々は、自分がノディアだと悟られ敵国に殺されないように、あえて髪を染め、目を青くしたそうですよ」
「・・・・・・・・・」
「・・・その――箱を見て下さい」
「・・・・・・・・・・」
「中を・・・見て下さい」
「・・・・・・・・・・・・!」
「では、・・・・・・私達はこれで――お元気で」
箱の中には、彼の若いころの写真と、彼の妻の形見が入っていた。
そうだ、あんなにも会うのを楽しみにしていたじゃないか。
――アルア・・・
成長した娘――アルアが、最後に見たのは八年前の娘が・・・
信じたくなかった。
だんだんとカタチを崩していくそれが、・・・・・・娘だなんて――
紅く染まったナイフが輝いた。
男はいつまでも、いつまでも、そこに立っていた。
そしてふたりは歩き出す。
*あとがき*
こんなに早く書き上げた作品は生まれて初めてです。
わずか二時間弱・・・気合だけやたら入ってて母親に怖がられました 笑
日本兵のニュースとか。見てたらアイデアがぽんっと浮かんできて。
んで、構想もそこそこに書いたので、何か文章が熱を帯びていますが(・∀・)
まぁでもとにかく、久々の小説なんで楽しんで頂けたら嬉しいなーと。