――もし、人が殺せるのなら――
あ な た は ど う し ま す か ?
-Kill-
one.In the rain
「なっ・・・何で私だけっ・・・・・・」
雨、ざんざん降り。
どんよりと灰色の雲から、容赦無く雨が叩きつける。
どこか遠くから、時折どっとざわめく教室の声や、先生の授業の声がかすかに聞こえる。
黄色く暖かい光を遠くに見ながら、彼女は尚もつぶやくかのように言う。
「・・・何で・・・・・・私が、こんなめに・・・あっ、あわなくちゃ・・・・・・」
それには嗚咽も混じっていて、彼女の涙は零れる度に雨に流される。
彼女の体は、ボロボロだった。
茶色く長い髪の毛は醜くグシャグシャで、顔には明らかに故意でやられたと思われる火傷の跡。
手足には紫のアザが点々とあり、可愛らしい制服はところどころ悲惨に破かれていた。
地面にはいつくばるように、彼女は倒れていた。
彼女は尚も弱弱しく何かを言うが、それは雨の音にかき消され、小さすぎる声だった。
空を見上げた。
ただ、灰色な空。
丸くて冷たい水の粒が落ちてくる空。
しかし、――灰色の中に黒い粒がぽつりとあった。
その粒は徐々に大きくなっていき、人の形をしていき、やがて姿かたちがハッキリとして――
それは彼女の前にふわりと降り立つと、明るく、
「ハーイ。えっと・・・・・・如月 裕香さん、かな?」
と、笑った。
彼女――如月裕香は、目をこれ以上無いほどに見開いた。まるでこの世のモノでは無い異物を見たかのような目だ。
「・・・・・・な・・・・・・・・・っ」
裕香の口からは、驚きの声が漏れていた。
「あたし、ルジェ。よろしくねぇ」
裕香とは対照的に、ルジェと名乗るそれはおどけてお辞儀をした。
一見ルジェは、小学校中学年くらいの女の子に見える。目はぱっちりと開かれ、肩までの茶色い髪によく合っている。
青色のキャップをかぶり、英語らしき文字が沢山書かれた白い服に、デニムのミニスカート。
「あーっ。雨っていいよねぇ」
絶句する裕香にはお構いなしに、ルジェは目を細めて空を見上げた。
「裕香さん、雨好き?」
「なっ・・・・・・雨、って・・・・・・誰よ、あんた・・・・・・」
全てが白昼夢のような気がして、今この時もぼんやりとあやふやな感情しか無くて、きっとこれも夢だと裕香は思った。
最も、こんな状況を信じろという方が無理だろう。
「もう忘れちゃったのぉ? 名前っ。ルジェだよ、ル・ジ・ェ。今度はちゃんと覚えてねっ」
ルジェは、わざとらしく頬をふくらます。
「何歳? 小学生?」
と言いながら、裕香はゆっくりと体を起こし、手をついたまま座る格好になった。
丁度、裕香とルジェの目線は同じくらいになる。
「・・・・・・ひどいなーっ。せっかく、裕香さんにプレゼントあげようと思ったのに」
おどけて言ったルジェだが、その瞳はちっとも笑ってはいなかった。
「・・・・・・・・・プレゼント?」
「そ。プレゼントっ」
ふたりは黙った。ルジェはにやにやと笑い、逆に裕香はどこまでも無表情。
しばらくそんな時間を過ごし、ふいに、ルジェが口を開いた。
「・・・・・・裕香さん、さぁ。イジめられてるでしょっ」
裕香が驚愕の表情を浮かべた。その表情はすぐに歪み、裕香はバッと立ち上がった。
「なに・・・・・・何がしたいのっ・・・・・・あんたも、そうやって、私を・・・・・・・・・っ」
「やだなーっ。違うよぉ、あたし裕香さんの味方だもんっ」
裕香が何かを言うのを制するかのように、ルジェは微笑を浮かべた。
「裕香さん、さぁ・・・・・・
人、殺 し た い って思ったコト無い?」
裕香がルジェの瞳を見た。
冷たく、しかし楽しんでいるかのような不思議な瞳。
その瞳を見据えながら、裕香は、
「・・・・・・人、殺したいって・・・思った、コト」
と、ルジェの言ったことを繰り返した。
ルジェは笑っていた。
楽しげに、笑っていた。
何故か、吸い込まれる気がした。
彼女は知っていると思った。
彼女なら――彼女なら、もしかしたら判ってくれるかもしれない、と思った。
思ってしまった。
「あるに・・・・・・決まってんじゃん」
裕香は吐き捨てるかのように言った。
その途端、ルジェの表情が和らいだ。
「・・・・・・だよねぇ」と、哀しげに、楽しげに、ルジェは微笑んだ。
「んじゃ、殺 る ?」
「・・・・・・はぁ?」
裕香は間抜けな声を出した。
「そりゃ、――・・・・・・殺りたいけど――・・・・・・さ。どうやってやるのよ」
蚊の鳴くような声で裕香は訊く。
「だから、その力を裕香さんにあげるっ」
無邪気に、あどけなく笑うルジェ。
「・・・・・・あんた、馬鹿?」
そう言いながらも、裕香は望んでいた。
これが現実であってほしいと。
これが真実であってほしいと。
「じゃあ、試してみよっかぁ?」
裕香は首を縦に振った。
「藤沢香奈」
ほぼ無意識の内に、裕香はその名前をつぶやいていた。
「藤沢香奈――を、殺してみせて・・・・・・」
「うん、――わかったぁ」
にこりと笑うルジェの目は、微笑んではいなかった。
「残酷・・・・・・に・・・・・・・・・なるべく、残酷に・・・惨く、殺っちゃって」
無言のまま、ルジェは嬉しげに頷いた。
藤沢香奈。南中学校一年四組。
裕香のクラスメイト。
先ほど裕香に暴行を加えた者達の中に、彼女も含まれていた。
イジメの主格では無い。
寧ろ、『下』に近い者だろう。
主格は――裕香が一番憎んでいる者は、香奈ではない。
でも。
楽しみは――最後にとっておきたいモノじゃん?
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