two.Power


朝。

しかし青空とは程遠く、雨は飽きもせず振りつづけ、空気は重い。

それでも尚賑やかさを保とうとする教室に、

「大変っ・・・!」

そう叫びながら飛び込んできた女子、一名。

彼女の顔は真剣そのもので、そして真っ青に青ざめている。

「はよっ、ナギサ。んで・・・・・・どうしたの?」

「・・・・・・麻衣っ・・・・・・どうしたのもっ、何もっ!」

ナギサは息を切らしている。そのあまりの大声に、教室が少し静まり返る。

「大変なのっ・・・・・・かっ、香奈が・・・香奈が・・・・・・」

ふいに嗚咽が混じり、ナギサは涙をこぼし始めた。

いよいよ教室は水を打ったかのように静かになった。

数十という視線がナギサに集まる。

赤ん坊のように泣きつづけるナギサのそばに、麻衣が優しく寄る。

「落ち着いて、ナギサ・・・――何があったの?」

「あ・・・・・・あの・・・・・・」

かすれた声で、ナギサは言った。

「昨日っ・・・・・・香奈が・・・・・・


 香奈が・・・・・・・・・死んだって・・・・・・」

しん、となった教室。

誰も喋らない。

誰も何も言わない。

ただ、呆然と目を見開き、

ただ、口を中途半端に開けているだけ。

隣のクラスのざわめきさえも、もはや遠いものに聞こえる。

ふいに、麻衣が笑った。

「何言ってんの、ナギサ・・・・・・? 嘘つかないでよ、もう。人が悪いんだから」

「そうそう・・・もっと明るい冗談つこうよ」

そう、そう、という、弱弱しくも同感の囁きが、あちこちから聞こえる。

不必要なほどに明るく笑うクラスメイト。

「麻衣・・・みんなぁ・・・・・・違うよぉ・・・・・・違うんだよぉ・・・・・・ほんと・・・・・・本当なの・・・・・・っ」

ナギサは絞り出すように言うと、遂に自分の机に突っ伏して泣き出した。

再び静まり返る教室。

ナギサは泣き虫では無い。――冗談で嘘泣きを出来るような性格でも、こんな嘘をつくような性格でも無いのを、クラスメイトは知っている。

「・・・・・・っ・・・・・・嘘・・・・・・っ」

呆然と、麻衣がつぶやいた。

「うっ・・・・・・嘘でしょ・・・・・・・・・ナギサぁ・・・違うって言って・・・」

「そうだよ・・・・・・こんな・・・太刀悪い冗談っ・・・」

しかしナギサは泣き続けるだけ。

それがいよいよ真実だと悟し、女子の殆どは今にも泣きそうに虚ろに空を見上げ。

それを何とも言えない顔で、男子は見ていた。


「・・・・・・やるじゃん?」

満足感と優越感さえを感じながら、裕香は笑った。

裕香が登校してきた時、一年四組は、やけに静かだった。

笑い声の代わりに、嗚咽。

はしゃぎ声の代わりに、沈黙。

香奈が、――死んだのだ。

誰ともなく、裕香はそれを聞いた。

いつも、いつでも。

裕香は、楽しげなクラスを横目で見ていた。

自分だけが独りぼっち。

でも、今日は――

普段はうるさく騒ぎ立てるクラスメイト達が、

泣いて、嗚咽を漏らして、静かで。

一年四組を、こうした雰囲気にしたのは、

ルジェと――自分の力だと、裕香は思った。

悲しみの中、ひとり、平然と席につき、悠々と自主勉強を始めた。

勉強なんて、形式だけで。ほとんど頭に入れてなかった。

自分をイジめたクラスメイト達が、泣いて、泣いて、泣いて。

楽しくて仕方がない。


――ルジェ・・・・・・?

  私、あんたのこと信じるよ・・・・・・


若い女性担任の神妙な面持ち。

女子生徒の嗚咽、男子生徒の居づらそうな仕草。

全てが、いつもと違っていた。

「・・・・・・皆さん、もう知っているかもしれませんが、皆さんの大事なクラスメイト、

 藤 沢 香 奈 さ ん が 亡 く な り ま し た 」

しゃくりあげる声があちこちから聞こえる。

「昨日、夜遅く塾の帰り・・・・・・信号無視の車に、撥ねられて・・・・・・ 即死だった、そうです」

担任は、目を少し赤く腫らしていた。

生徒は、この現実を受け入れられないという風にうつろな目をしていた。

「葬儀は、明後日行われるそうです・・・・・・ 皆さんで、行きましょう」

担任も、ふいに涙をつぅっと流した。

「香奈ぁっ・・・・・・香奈っ・・・・・・・・!」

ナギサが叫ぶ。

「どうしてっ・・・・・・死んじゃったのっ・・・・・・・・・」

それに続いて、

「香奈の馬鹿ぁっ・・・・・・何で死ぬのよ・・・っ・・・」

麻衣が、うめくかのように言う。

次々と叫ぶクラスの面々。

「香奈・・・・・・っ!」

「藤沢っ・・・・・・! とりあえず、帰ってこいよっ・・・・・・!」

教室は、悲しみと――諦めに溢れていた。

そんな教室の片隅で、ひとり、悲しんでいない者。

くすくすと、笑って、いる者。

――裕香だった。

裕香は頬杖をついて、楽しそうにその様子を眺めていた。

――いい・・・・・・いいよね、こういうの・・・・・・――

そしてひとり、くすくす笑う。


香奈がいなくなったくらいで・・・・・・

そんなに泣いてちゃ、ダメだよ・・・・・・?

 これから・・・・・・ これから始まるんだから・・・・・・



午前中、授業は取りやめになり、急遽全校集会。

泣いている人が、沢山。

みんな、神妙な面持ち。

『命の大切さ』などという話で、集会は終わった。

最後には、校長すらも、――静かに泣いた。

多分、この時笑っていたのは――

裕香だけだろう。


相も変わらず、雨。

「・・・・・・ルジェ」

「あっ! 裕香さんだぁ」

昼休み。

普段なら裕香がイジメを受ける時刻だが、流石に今日は皆そんな余裕は無いらしい。

待ち合わせ通りの時刻に、ルジェはいた。

相変わらず、昨日と同じ格好で。

傘もささずに、ふたりは立っていた。

「ルジェ、さぁ・・・あんた、スゴいね」

裕香は屈託の無い笑顔で微笑んだ。

「――信じたっ? 欲しい? 裕香さんにもあげるよ、この力!」

ルジェも又、嬉しげに微笑んだ。

「うん・・・・・・ ち ょ う だ い 」

裕香はさも物欲しげに、手を差し出した。

「私ねぇ、夢があるんだ」

と、淡々と語り出す裕香。

「いつか、殺したいな、って」

「・・・・・・藤沢香奈とか、横室静美とか、――阿東咲子とか、ね」

ルジェはさも楽しそうにそれを聞いている。

「滅茶苦茶に、」

「私の、私の手で、壊してやりたいなぁ・・・・・・って」

裕香はただ、笑っていた。

微笑んでいた。

楽しげに、幸せそうに。

ルジェもただ、笑っていた。

笑いながら、裕香を見上げていた。

ふたりには笑いが溢れていた。

裕香は幸せだった。

酔ったような幸福を、しっかりと味わっていた。

「いい夢だね」

ルジェは、おっとりと言った。

「一緒に―― 叶えよぉ?」

「・・・・・・よろしくね、ルジェ」

差し出した裕香の右手。

「・・・・・・楽しもうねぇ」

ルジェは、裕香の手を固く固く握り締めた。


――この瞬間、裕香は 力 を手に入れた。


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